会長の時間

DSC_0202-2本日、ロータリーの会長の時間で、冒頭より暗い話しで恐縮ではございますが、今月8月は日本の風習でありますお盆の時期です、お墓参りをし、御仏壇に手を合わせ、ご先祖様のことを考える季節です。皆さんこんにちはふと、将来、自分自身がこの世を去るときに、本当に天国とか地獄とかあるのか最近よく考えます、たまたま、あった雑誌の中に載っていた、人間の死後に天国と地獄についての事に書かれていたことを引用して読み上げたいと思います。

「天国地獄は、あるのか無いのか?」という問題は人間の死後の世界のように感じますが、実は今生きている私たちに密接した問題となります。

なぜかと言うと私たちは人生を生きていきながら「天国のような環境」を作ることも可能だし「地獄のような環境」を作ることも可能であるからです。

そのように考えると結局、その人の生きてきた人生そのものが死後の世界で永遠に繰り返されるとも考えるからだそうです。

天国地獄あるのか無いのか? この疑問と同じ疑問になりますが、死後の世界はあるのか無いのか? という問題があります。統計を取ると人類の70%くらいは『ある』と信じているそうですが、ここで重要なのは私たちが住んでいるこの「地球」という星は四季の変化や自然災害などもありますが、基本的に人間に恵みをもたらせてくれる環境だと言えます。これと同じように死後の世界というものも、その世界事態が人間を幸福にしたり苦しめたりはせずに、『人間の魂が永遠に存在できる場所』にすぎないということです。

では、なぜ地獄という世界が生まれたからと言うと、仏教やキリスト教などの宗教観とその当時の社会状況が天国と地獄の概念を生み出したと見ることができます。なぜならば何千年も前のその当時は今よりもっと道徳基準は低く、貧富の差も激しかったために、富める者は本当に極楽浄土の天国のような生活をしていたと言えますし、虐げられる人は地獄よりも苦しい生活をしていたと考えられるからです、また、死後の世界においての天国と地獄を決定するのも、天使や悪魔などではなく、「共に死後の世界に行った人間」たちであると言えます。

ではどのように生きれば良いのか?例えば人との関係が嫌で孤独に生きていき、最後はその孤独に耐えられず自殺をしてしまった人は「地獄に行く」と言われます。死後の世界は生前の人生がそのまま永遠に展開される世界となるため、結局、霊界でもその人は人との関係を築くことができず一人ぼっちで永遠にさまようしかないため、それが「地獄」と表現されるわけです。また人生を仕事一筋で忙しく仕事だけをして生きてしまった人は、死後の世界でも永遠に仕事をし続けるしかないため、それもやはり客観的に見ると天国より地獄に近いような気がします。今の人生の中では「家族」や「友人」との関係を大切にしていきながら、忙しい仕事の間でも自分の「趣味」を大切にし、充実した人生を送った人が、死後の世界でも、この世の人生が永遠に展開されて天国のような世界を作ることができるのではないでしょうか。信じるか信じないかは、あなた次第です。